日本はなぜ敗れるのか
山本七平、日本はなぜ敗れるのか―敗因21ヵ条、角川oneテーマ21新書、2004年
この本は、日本が太平洋戦争で敗れた原因について書かれた小松真一『虜人日記』(筑摩書房、1975年)を山本七平が自分の体験に言及しながら解説したものである(初出は1975〜76年の雑誌連載)。『虜人日記』では日本の敗因が21個挙げられている。各章のタイトルのすぐ後に続く「敗因」というのが小松氏の挙げた敗因であり、一行空けた後の記述は山本氏の解説の要約である。
第1章 目撃者の記録
小松真一は軍人ではなく、軍属の技術者として戦争を目撃した。日記の記述に当たって軍やその関係者に遠慮する必要はなかった。さらに、日記を書いていたときはフィリピンにあった米軍の労働キャンプにいたので、思想的な圧迫はなかった。また同じ原因から日本国内の情況を知らなかったので、国内の変化を先取りして過去を記すということはできなかった。以上のことから、小松氏の記録は信頼に値するものといえる。
第2章 バシー海峡
敗因:バシー海峡の損害と、戦意喪失。
日本軍は台湾とフィリピンの間にあるバシー海峡を通じて兵員および物資をフィリピンに送ろうとしたが、制海権を握っていたアメリカ海軍に日本の輸送船は次々と沈められ、日本軍の目的が達成されることはなかった。日本軍は米海軍に対する有効な対策は格別講ぜずに、ただひたすら船を送り出すだけで、日々損害が増えていき、兵士の戦意が喪失していくという結果を招いた。
日本軍は「ただある一方法を一方向に、極限まで繰り返し、その繰り返しのための損害の量と、その損害を克服するため投じつづけた量と、それを投ずるため払った犠牲に自己満足し、それで力を出しきったとして自己を正当化している」(68頁)だけであった。
第3章 実数と員数
敗因:精兵主義の軍隊に精兵がいなかった事。然(しか)るに作戦その他で兵に要求される事は、総て精兵でなければできない仕事ばかりだった。武器も与えずに。米国は物量に物言わせ、未訓練兵でもできる作戦をやってきた。
日本軍では実際の数(実数)よりも多い兵士の数(員数)を前提に実行不可能な命令が出されていた。誰も実数と書類上の員数との差を指摘することはできず、そのようなことをする者は忠誠心がないといわんばかりの雰囲気が日本軍を支配していた。
第4章:暴力と秩序
敗因:日本文化の確立なき為。
思想的に徹底したものがなかった事。
日本人の捕虜収容所ではある種の暴力団が形成され、暴力と暴力への恐怖が秩序を維持していた。こうなったのは、日本軍の将校が学歴と社会階層だけで、いわれなきプライドをもっていて、兵士はこのような将校に反感を抱いており、将校が兵士を従わせるには暴力を用いるしかなかったからである。組織というものに関わりなく自然と秩序を生み出すような文化というものを日本人は職人を除けば確立していなかったので、このような状況を招来したと考えられる。
第5章:自己の絶対化と反日感情
敗因:日本文化に普遍性なき為。
一人よがりで同情心が無い事。
日本軍は占領した地域の住民を自己とは違った文化を持っているとは認識せず、また自分と住民を対等な立場に置いてコミュニケーションをとろうともしなかった。このような態度が地域住民に反日感情を発生させ、占領統治はうまくいかなかった。
第6章:厭戦と対立
敗因:国民が戦いに厭(あ)きていた。
陸海軍の不協力。
既に太平洋戦争が始まる前の時点で、1937年の日華事変勃発から続いている戦いに国民は厭きていた。この厭戦気分は実は軍部の中にもあって様々なイベントでこれをごまかしているだけだった。しかも、この軍部は当初からセクト主義のために陸軍と海軍の間だけでなく、陸軍内部および海軍内部の組織間の協力もうまくいかない有様だった。
第7章:「芸」の絶対化と量
敗因:精兵主義の軍隊に精兵がいなかった事。然(しか)るに作戦その他で兵に要求される事は、総て精兵でなければできない仕事ばかりだった。武器も与えずに。米国は物量に物言わせ、未訓練兵でもできる作戦をやってきた。
将兵の素質低下(精兵は満州、支那事変と緒戦で大部分は死んでしまった)。
物量、物資、資源、総て米国に比べ問題にならなかった。
日本軍は兵士に特殊な状況下でしか通用せず、長期の訓練が必要な「芸」を習得させることにこだわった。
第8章:反省
敗因:反省力なき事。
兵器の劣悪を自覚し、負け癖がついた事。
日本軍は西南戦争の西郷軍と同じことを繰り返して敗北している。
第9章:生物としての人間
敗因:指導者に生物学的常識がなかった事。
日本は人命を粗末にし、米国は大切にした。
日本の兵士は上の命令を聞いたら自分の命はないと気付き面従腹背の態度をとるようになり、日本軍の組織は実質的に崩壊していった。
第10章:思想的不徹底
敗因:思想的に徹底したものがなかった事。
精神的に弱かった(一枚看板の大和魂も戦い不利となるとさっぱり威力なし)。
基礎科学の研究をしなかった事。
日本の学問は実用化せず、米国の学問は実用化する。
電波兵器の劣等(物理学貧弱)(この敗因については紹介者がここに位置づけた)。
徹底的に考え抜くことをしない思想的不徹底さは精神的な弱さとなる。思想的不徹底さは基盤のない妄想が「思想」のように振舞うことを許し、基礎科学への関心を失わせた。基礎科学がいい加減なので、学問は日本の現実に即して実用化されることがない。
第11章:不合理性と合理性
敗因:日本の不合理性、米国の合理性。
個人としての修養をしていない事。
克己心の欠如(この敗因については紹介者がここに位置づけた)。
日本軍の組織はそもそも日本人の伝統や常識から遊離した不合理なものだった。また日本兵は米兵に比べて教育の程度は高かったが、教養いいかえれば個人の生活に対する信念という面では米兵のほうが日本兵よりも優れていた。
第12章:自由とは何を意味するのか
明治以降日本では日常性(現実)に依拠した思考体系が成り立たず、日本人は虚構に支配されてきた。第二次世界大戦後の日本では戦後民主主義思想に基づく「再構成された過去の虚像」に日本人は支配されている。こういう意味で、「日本にはまだ自由はない」(311−2頁)。
(紹介者コメント)
正直いってこの本を読み終えるのは大変だった。この本に書かれていることはあまりに深刻で悲惨なものであり、読んでいると気分が落ち込んでしまうのだ。小松氏と山本氏が指摘した日本の問題点はいまだ解決されていない。恐ろしいことだ。
応援ありがとうございます。
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この本は、日本が太平洋戦争で敗れた原因について書かれた小松真一『虜人日記』(筑摩書房、1975年)を山本七平が自分の体験に言及しながら解説したものである(初出は1975〜76年の雑誌連載)。『虜人日記』では日本の敗因が21個挙げられている。各章のタイトルのすぐ後に続く「敗因」というのが小松氏の挙げた敗因であり、一行空けた後の記述は山本氏の解説の要約である。
第1章 目撃者の記録
小松真一は軍人ではなく、軍属の技術者として戦争を目撃した。日記の記述に当たって軍やその関係者に遠慮する必要はなかった。さらに、日記を書いていたときはフィリピンにあった米軍の労働キャンプにいたので、思想的な圧迫はなかった。また同じ原因から日本国内の情況を知らなかったので、国内の変化を先取りして過去を記すということはできなかった。以上のことから、小松氏の記録は信頼に値するものといえる。
第2章 バシー海峡
敗因:バシー海峡の損害と、戦意喪失。
日本軍は台湾とフィリピンの間にあるバシー海峡を通じて兵員および物資をフィリピンに送ろうとしたが、制海権を握っていたアメリカ海軍に日本の輸送船は次々と沈められ、日本軍の目的が達成されることはなかった。日本軍は米海軍に対する有効な対策は格別講ぜずに、ただひたすら船を送り出すだけで、日々損害が増えていき、兵士の戦意が喪失していくという結果を招いた。
日本軍は「ただある一方法を一方向に、極限まで繰り返し、その繰り返しのための損害の量と、その損害を克服するため投じつづけた量と、それを投ずるため払った犠牲に自己満足し、それで力を出しきったとして自己を正当化している」(68頁)だけであった。
第3章 実数と員数
敗因:精兵主義の軍隊に精兵がいなかった事。然(しか)るに作戦その他で兵に要求される事は、総て精兵でなければできない仕事ばかりだった。武器も与えずに。米国は物量に物言わせ、未訓練兵でもできる作戦をやってきた。
日本軍では実際の数(実数)よりも多い兵士の数(員数)を前提に実行不可能な命令が出されていた。誰も実数と書類上の員数との差を指摘することはできず、そのようなことをする者は忠誠心がないといわんばかりの雰囲気が日本軍を支配していた。
第4章:暴力と秩序
敗因:日本文化の確立なき為。
思想的に徹底したものがなかった事。
日本人の捕虜収容所ではある種の暴力団が形成され、暴力と暴力への恐怖が秩序を維持していた。こうなったのは、日本軍の将校が学歴と社会階層だけで、いわれなきプライドをもっていて、兵士はこのような将校に反感を抱いており、将校が兵士を従わせるには暴力を用いるしかなかったからである。組織というものに関わりなく自然と秩序を生み出すような文化というものを日本人は職人を除けば確立していなかったので、このような状況を招来したと考えられる。
第5章:自己の絶対化と反日感情
敗因:日本文化に普遍性なき為。
一人よがりで同情心が無い事。
日本軍は占領した地域の住民を自己とは違った文化を持っているとは認識せず、また自分と住民を対等な立場に置いてコミュニケーションをとろうともしなかった。このような態度が地域住民に反日感情を発生させ、占領統治はうまくいかなかった。
第6章:厭戦と対立
敗因:国民が戦いに厭(あ)きていた。
陸海軍の不協力。
既に太平洋戦争が始まる前の時点で、1937年の日華事変勃発から続いている戦いに国民は厭きていた。この厭戦気分は実は軍部の中にもあって様々なイベントでこれをごまかしているだけだった。しかも、この軍部は当初からセクト主義のために陸軍と海軍の間だけでなく、陸軍内部および海軍内部の組織間の協力もうまくいかない有様だった。
第7章:「芸」の絶対化と量
敗因:精兵主義の軍隊に精兵がいなかった事。然(しか)るに作戦その他で兵に要求される事は、総て精兵でなければできない仕事ばかりだった。武器も与えずに。米国は物量に物言わせ、未訓練兵でもできる作戦をやってきた。
将兵の素質低下(精兵は満州、支那事変と緒戦で大部分は死んでしまった)。
物量、物資、資源、総て米国に比べ問題にならなかった。
日本軍は兵士に特殊な状況下でしか通用せず、長期の訓練が必要な「芸」を習得させることにこだわった。
第8章:反省
敗因:反省力なき事。
兵器の劣悪を自覚し、負け癖がついた事。
日本軍は西南戦争の西郷軍と同じことを繰り返して敗北している。
第9章:生物としての人間
敗因:指導者に生物学的常識がなかった事。
日本は人命を粗末にし、米国は大切にした。
日本の兵士は上の命令を聞いたら自分の命はないと気付き面従腹背の態度をとるようになり、日本軍の組織は実質的に崩壊していった。
第10章:思想的不徹底
敗因:思想的に徹底したものがなかった事。
精神的に弱かった(一枚看板の大和魂も戦い不利となるとさっぱり威力なし)。
基礎科学の研究をしなかった事。
日本の学問は実用化せず、米国の学問は実用化する。
電波兵器の劣等(物理学貧弱)(この敗因については紹介者がここに位置づけた)。
徹底的に考え抜くことをしない思想的不徹底さは精神的な弱さとなる。思想的不徹底さは基盤のない妄想が「思想」のように振舞うことを許し、基礎科学への関心を失わせた。基礎科学がいい加減なので、学問は日本の現実に即して実用化されることがない。
第11章:不合理性と合理性
敗因:日本の不合理性、米国の合理性。
個人としての修養をしていない事。
克己心の欠如(この敗因については紹介者がここに位置づけた)。
日本軍の組織はそもそも日本人の伝統や常識から遊離した不合理なものだった。また日本兵は米兵に比べて教育の程度は高かったが、教養いいかえれば個人の生活に対する信念という面では米兵のほうが日本兵よりも優れていた。
第12章:自由とは何を意味するのか
明治以降日本では日常性(現実)に依拠した思考体系が成り立たず、日本人は虚構に支配されてきた。第二次世界大戦後の日本では戦後民主主義思想に基づく「再構成された過去の虚像」に日本人は支配されている。こういう意味で、「日本にはまだ自由はない」(311−2頁)。
(紹介者コメント)
正直いってこの本を読み終えるのは大変だった。この本に書かれていることはあまりに深刻で悲惨なものであり、読んでいると気分が落ち込んでしまうのだ。小松氏と山本氏が指摘した日本の問題点はいまだ解決されていない。恐ろしいことだ。
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