立徳ブログ おもしろい本とDVDの話

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啓蒙とは何か

カント、永遠平和のために/啓蒙とは何か 他3編、光文社古典新訳文庫、2006年より「啓蒙とは何か」(原著は1784年)

 この論文は訳注も含めてわずか21頁であるから、全体の要約は必要ないだろう。そこで、特に重要な箇所を選んで紹介する。

 まず冒頭でカントは「啓蒙とは何か。それは人間が、みずから招いた未成年の状態から抜けでることだ。未成年の状態とは、他人の指示を仰がなければ自分の理性を使うことができないということである」(10頁)と述べ、読者に「自分の理性を使う勇気をもて」(同頁)と呼びかける。

 啓蒙がなされるには必要な条件がある。それは「自分の理性をあらゆるところで公的に使用する自由」(14頁)が保障されることだ。ここでいう理性の公的な利用とは、「ある人が学者として、読者であるすべての公衆の前で、みずからの理性を行使することである」(15頁)。ここでいう「学者」は自分の頭で考えて自分の意見を発表する人のことであり、どのような職業についているかは関係ない。これに対して、理性の私的な利用とは、「ある人が市民としての地位または官職についている者として、理性を行使することである」(同頁)。カントの用いている「公的」と「私的」という言葉は一般に使われているのとは逆の意味のように思われるだろう。カントにとって、「公的」とは世界の市民社会の一員として行動する場合をいい、それ以外の資格や立場で行動する場合は「私的」とみなされるのである。

 理性の公的利用の自由が保障されてはじめて、人間を「未成年の状態」においている様々な法規や決まりごとを問い直すことが可能になる。そして、「この自由が国民の意識に浸透していくと、自由に行動する能力がますます高められ、それがやがては統治の原則にまで及んでいくのである」(26頁)。

 (紹介者コメント)
 この論文は18世紀ドイツの置かれている現状をふまえて書かれたものだが、現在でも公衆を未成年状態のくびきのもとにとどめようとする勢力や制度は存在するのだから依然としてカントの主張は有効だと思う。そして、不条理が存在する限り、人類にとって啓蒙は必要とされるだろう。

 ITの普及により、技術の面ではあらゆる人が「学者」としてふるまうことが可能になった。今こそ自分の理性を公的に使うときではないだろうか。

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