立徳ブログ おもしろい本とDVDの話

世界をよく理解して、自分の頭で考え行動するのに役立つ本とDVDを紹介します。そして、たまに時事評論も。 書名・作品名をクリックすると、さらに詳しい情報がわかります。

東京裁判

児島襄、東京裁判 (上) 東京裁判 (下)、中公新書、1971年

 この本は第二次世界大戦後日本の戦争指導者を裁いた極東国際軍事裁判、いわゆる東京裁判について書かれたものである。

 下手な要約をするのは避けて、目次をすべて掲載することにする。

  第一章 東条の自決
 元弁護士ホイットニー准将 トウジョウを逮捕せよ 東条大将の覚悟 ”首の座”に座るのは誰か いらだつマッカーサー元帥 AP記者東条元首相に会見 「ひと思いに死にたかった」 東条大将の遺書

  第二章 戦争犯罪の定義
 揺ぐ終戦処理内閣 「元帥は天皇に来いといっているのだ」 人柄の勝利 幣原内閣の誕生 三つの戦争犯罪 紛糾する戦争犯罪の定義 「法廷にはスモウ場を用意しましょう」 ウィリアムズ中佐の進言 急ピッチの開廷準備 近衛公爵の不安と希望 梨本宮逮捕さる キーナン主席検事到着す 近衛公自決す

  第三章 起訴状の伝達
 冷たいすきま風 スガモ・プリズン 昭和二十一年元旦 戦犯の表情 FBIテクニックでやれ 「木戸日記」の登場 マッカーサーの権限 オーストラリアの態度 ウェッブ裁判長の任命 市ヶ谷法廷の建設 清瀬弁護人の決意 被告席の数は二十五 「急げ、急げ」 ソ連判・検事団の到着 決定した二十八被告 貴下等をA級戦争犯罪人とする

  第四章 一九四六年五月三日
 起訴状の内容 被告の反応 非力な弁護団 「国家弁護」か「個人弁護」か 弁護人の苦悩 ファーネス弁護人の知恵 開廷前夜 芝笛の消灯ラッパ キーナンとウェッブの会話 法廷の被告たち 「極東国際軍事裁判所は開廷する」 大川被告、東条大将の頭をたたく 大川被告の精神鑑定 裁判第三日目 「ウェッブ裁判長を忌避する」 清瀬弁護人の闘志

  第五章 広田弘毅夫人の死
 忌避動議の却下 「ノット・ギルティ」 法廷作戦の成否 聞く耳持たぬ裁判 ドイツ戦犯と日本戦犯の相違 コミンズ検事の冷笑 父への目礼 広田夫妻の愛情 「きれいだ」った母親 マッカーサーの要請 キーナン居らず敵陣淋し 日米弁護団の食い違い 紙芝居の登場 欠けた被告席 死の床での洗礼

  第六章 皇帝溥儀証言台へ
 だれてきた法廷 検事側に”協力”する田中隆吉 憤然、唖然の被告席 天皇のためなら何でもする ”田中台風”の過ぎたあと 溥儀、厚木に着く 憐れむべし元皇帝 「脅迫されて皇帝に就任した」 ”知らぬ、存ぜぬ” 『わが半生』の告白

  第七章 ウェッブとキーナンの対立
 皇帝溥儀はホンモノか 不快で無駄な溥儀訊問 結審急ぐマッカーサー キーナン、ウェッブ論争 有馬伯爵釈放に心躍る巣鴨 ナゾ残す草場中将の死 ことばが大きな障害に キーナンの検事団工作 自殺防止に厳戒体制

  第八章 弁護団の反撃
 大詰にきた検事側立証 武人永野修身の急死 補足証拠提出に入る 検事団の立証終る 米人弁護人の活躍にすがる スミス対ウェッブの”闘い” 「きな臭い」検事の反論 「巣鴨は狂宿なり」 清瀬弁護人の国家弁護 ユニバーサル・ブラザーフッド

  第九章 南京虐殺事件
 スミス弁護人の退廷 満州部門の反証に入る ポイント取られた南大将 感銘与えたラザラス弁護人 異例の出張訊問 最重大戦犯”南京事件” 弱かった残虐行為の反証 「法廷では貴下が総司令官だ」

  第十章 天皇の戦争責任
 ウェッブの天皇責任問題発言 スミス弁護人正式に辞任 証言台の被告たち 「私には責任があります」 軍人の木戸内大臣攻撃 「東条、鈴木、嶋田」 キーナンの”東条工作” 天皇の不起訴決まる

  第十一章 判決
 ”立証合戦”は終った 閉幕のコーラス 人類の知る最重刑 侵略主義者か平和主義者か しめる前の肉づけ 判決の朗読はじまる 「この青空も見おさめかなア」 デス・バイ・ハンギング

  第十二章 DEATH BY HANGING
 ニュールンベルク以上の苛酷さ 裁く者の手も汚れている 消えた”天皇退位論” 判決どおり、刑の執行 米最高裁判所への訴願 「いい残すことは何もない」 「刑の執行は早いほうがいい」 処刑台へ 二十三日午前零時

 (紹介者コメント)
 この本は東京裁判について知ろうとする際の必読書とされている。たしかに、裁判の経過がわかりやすく適当な分量にまとめられている。また、同書はけっして無味乾燥な歴史書ではない。登場人物の人柄もうかがうことができる記述になっており、シリアスな事柄を扱っているにもかかわらず、ところによっては裁判関係者の言動に読者が笑いを禁じ得ない部分もある。ただ、本書を読んだだけでは東京裁判の国際法上の問題点、および東京裁判が審理の対象とした1928年から1945年までの経緯についてはよくわからないので、ほかの本で補う必要がある。

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